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2012年初夏ぶらり沖縄(その3)

沖縄二日目である。

毎度のことながら優雅なリゾートライフとは縁遠い私は早起きして朝ごはんをかっこみ、早々にチェックアウトをして一路本部港へ向かった。
今日は「ゆり祭り」開催中の伊江島に渡る予定である。車を持っていこうと画策していたが、1週間前に問い合わせたところカーフェリーの車枠は既に満席となっており、敢え無く断念した。さて島での足をどう確保したものか。

往路のフェリーは、ここはどこの外国リゾートやねんと一瞬勘違いする程右を向いても左を向いても紅毛碧眼さんばかりであった。比率にして日本人2:外国人8といったところか。どうやらアメリカ軍人さんのレクリエーション軍団と同船したものであったらしい。
デッキで間近にいた黒人の姉妹の髪型が実に凝っていて可愛らしく(ハートとか星型の編みこみしてるのだ!)思わずしげしげと眺めてしまった。どうやってやるんやろうこれ。お母さん大変やろなあ。私がお母さんやったら絶対できへんなあ。

等としなくてよい心配などをしていると、外人軍団から何やら歓声が沸き起こった。
聞くとwhale!whale!と連呼している模様である。なになに鯨かそれは一大事と沖を目を凝らして眺めると、確かに黒光りする背中とあの特徴的な尾が波間に浮かんでいるのが見えた。沖縄では鯨のシーズンは冬季(3月位まで)とされているので、遭遇できたのは相当にラッキーだったと言えるだろう。

とまあそんなイベントもありつつの楽しいクルージングの後、船は伊江港に到着した。

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さてここからどうするべなと思っていると運よく「島内一周観光バス 1500円」の看板を見つけた。島の名所あちこちを巡り、最後にはゆり祭り会場に降ろして貰えるのだという。会場と港間では臨時シャトルバスが随時往復しており好きな時間に帰れるよとのこと。おお素晴らしい。これ採用。

という訳でバスに乗り込みいざ出発。まず車窓から見えたのはアーニー・パイルの碑(のあるところ)であった。ご存じ従軍記者のパイル氏はこの島の戦いに巻き込まれ絶命なさったらしい。船で一緒だったアメリカ軍人さんとその家族と思しき一群がバスから降りて見学しに向かっているのがみえた。やはりというか当然というか、彼らにとってここはマストポイントなのであるな。

バスの車窓の一面に広がるのは煙草畑である。花は薄紫~ピンク色で大変綺麗なのだが咲いている所は滅多に見かけない。花が咲くと途端に煙草の品質が低下するとかで、農家の皆さんは咲いたが早いか片っ端から摘んでいかれるのであるらしい。
伊江島は昔黒糖生産で栄えたが今は煙草栽培が主な産業とのことである。しかし最近の嫌煙傾向で此方も先細りで大変さー、とバスの運転手のおじさん(ガイド兼任)は仰っておられた。

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車窓から撮ったので写真ぼけぼけごめんなさい

観光バス最初の下車観光は「ニャティヤ洞」なる猫好きが喜びそうな名の洞窟であった。「力石」という名の石があり、子宝に恵まれない女性が持ち上げると子を授かるのであるらしい。妙齢の女はそんな恐ろしいものには近寄らず、ひたすら写真を撮りまくった。

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戦時中には防空壕としても利用されたらしい。

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入り口付近。

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先にアーニー・パイル碑で見かけた外人さん軍団もやってきた。

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ここからの海の眺めはなかなかに美しく乙なものであった。

次に向かった、いや走ったのは戦時中に作られた滑走路跡地。ひたすらだだっぴろくひたすら平坦である。幾星霜を経てひび割れやらペンペン草やらが至る所に見られたが、当時の滑走路がこれだけの規模で残されているというのは離島ならではであろう。運転手氏はばびゅーんとスピードを上げて「離陸しまーす」なんておちゃらけておられた。

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つづきます

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